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「利用テスト2万回」それでもユーザーが失敗するのは何故か -企業が陥る製品開発のカラ回りの正体に挑む(前編)
- 掲載サイト:マイナビニュース
- 発行日:2017年09月07日掲載
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http://news.mynavi.jp/kikaku/2017/09/07/002/
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「利用テスト2万回」それでもユーザーが失敗するのは何故か -企業が陥る製品開発のカラ回りの正体に挑む(前編)
利用者の声に耳を傾け、使いやすさを考慮して開発した製品が、なぜかターゲットに受け入れられない。ニーズに応えたはずなのに不要な機能と評価される。そんな製品を目にした経験はないだろうか。開発者の批判をしたいわけではない。高い技術力と努力を注ぎ真面目に開発した製品なのに「上手くいかない」事象が起こってしまうのは、メーカーにとっても利用者にとっても不幸なことだ。この状態を解決し、両者とも幸せになる方法はないのだろうか。実利用者研究機構は、同機構創設者の横尾氏が商品・サービスの社会貢献品質向上のために開発した「ジツケン式」メソッド(提供者の盲点と利用者の盲点の双方に着目したワークショップを通じて、新しい角度から抜本的見直しを行い、提供者が諦めてきた課題解決と、多様な利用者にとっての商品価値強化を同時に行う開発手法)で、企業が利用者の声を聴き取り、分析し、製品・サービスをより良くする取り組みをサポートしている。その依頼の多くで、企業内では「仕方がないこととして」諦められてきた、こうした「なぜか上手くいかない」「原因が分からない」という訴えが見られるという。同機構が取り組んできた事例から、企画・開発者が気づかないうちに 陥っている問題の正体に迫っていきたい。
テスト2万回…たどり着けない答えの在処
日本人にとってはお馴染みの文房具であるステープラー。子供の頃から当たり前で普段は気にもしないが、誰が使っても針を正しく打ち込み、紙束がズレないようきっちり綴じられるのは、設計と加工の精度が高いおかげだ。
ステープラーはビジネス向けにも欠かせない事務用品だ。そんな中、ステーショナリー事業を3本柱の1つとするあるメーカーは、ステープラーの改善に「ジツケン式」を採用したいと考えていた。それは設計上あり得ない頻度で「針詰まり」が発生し、問い合わせ対応と無故障修理のコストが収益を圧迫していたからだ。もちろん同社はただ指をくわえて見ていたわけではなく、長年に渡り、あの手この手で対応してきたが、解決の目処は立たなかった。
同社がアルバイトを雇い実際に製品を使って紙を綴じるテストを行ったところ、2万回打っても針詰まりは発生しなかった。ならば利用者がどのように使っているかを確認しようと、担当者が何十件もの客先を直接訪問して回ったが、原因を掴むことはできなかった。
だが、ちょっと考えてみてほしい。事務職や営業職に就く方なら、役員会議で使う厚い資料を製本したり、大事なプレゼンの資料を綴じる時、失敗しないよう緊張しながらステープラーを押した経験が一度くらいはあるだろう。重ねた紙がズレたり、針がナナメになったり、2点で綴じる位置のバランスが悪かったりすると、重役やクライアントに出すにはためらわれるので、キレイに仕上げたい。種明かしをすれば、メーカーの開発者に足りなかったのはその視点だったのだ。
開発者はキレイに綴じるために「針が真っすぐ通り、紙束の裏側できちんと曲がって緩まない」ことを目指して品質向上に努めてきたが、対して利用者は「紙の端から1.5cmの位置で」「角を45度で」「紙束の角がズレないよう」など、冊子として見栄え良く綴じることを求めていた。そのために一度レバーを半押しして、位置を確認してから針を打つ、という使い方をしていた。これが針詰まりの原因だったのだ。
企業が知らない利用者の「世界」
種明かしをすれば「なんだ」と思うようなことだ。しかし、利用者から見れば、見栄えを気にしてステープラーを押すのは当たり前のことであり、それが針詰まりを起こすとは夢にも思わない。調査をしてきた社員は、「ジツケン式」を採用するまで、そこに気付くことができなかった。機器の設計改善や精度向上によって課題をクリアしてきた開発者らは、機器そのものに目を向けがちだ。だがこの場合、いくら機器をつぶさに観察しても解決にはつながらなかった。針詰まりの不具合は、「重要書類を綴じなくてはならない」という利用者の環境が生み出していたものだったからだ。「問題の所在が違う」――それが、企画・開発者が知らぬ間に陥りやすい盲点なのだ。
同様の事例は他にもある。ある総合医療機器メーカーでは万歩計や体重計等の家庭用測定製品について「ジツケン式」の実利用者行動観察調査を実施した結果、電池を入れても動かないという問い合わせや無故障修理の原因が判明した。利用者が液晶表示部に「表示見本が印刷された透明保護フィルムがあることに気付かない」ケースが多いことが分かり、改良を加え、無故障修理率を半減させることに成功した。加齢性の老眼や白内障などの見えにくさは誰にでも発症するもので、症状を自覚していない段階の人も多い。健康意識の高まる中年から高齢世代は、まさにその商品のターゲット層だった。50代以上の利用者にとっては見えにくいことが「普通」の環境なのだ。若い開発者がいくら調べても、自分が見えているものを「見えないもの」とは認識できない。さらに、そのフィルムの存在を知っている社内の人間同士が会議でいくら頭をひねっても、その答えにたどり着くのは難しい。提供者にとっての「盲点」とはそういうものだ。さらに、この問題は、利用者にとっても「盲点」になっている点がステープラーの事例と共通している。利用者も保護フィルムの存在に気づいていれば、「電源が入らない」とは誤認せず、自分でフィルムを剥がしている。「この『提供者の盲点』であり、かつ、『利用者の盲点』と言う二重苦になった時、既存のあらゆる調査方法、アンケートやインタビューやユーザビリティ調査による一般的な行動観察等が、一切効果を発揮できなくなる。ここに新しいメソッド開発の必要性があった。」と同機構の岡村氏は言う。
また、洗剤やシャンプーのパッケージを製造するメーカーでは、詰め替えパックから容器へこぼさずに移せるよう、あらゆる方向からパッケージの改善に努めてきたが、それでもこぼす利用者はなくならなかった。開発者にとってみれば、これだけ工夫しているのにこぼす理由が分からない。商品を調査会場で使ってみてもらうと、どの被験者も上手に詰め替え作業を終え、大絶賛だ。
そこで「ジツケン式」で提供者と利用者双方の盲点となっている事項を調べてみると、提供者視点で言えば、「詰め替え作業を洗面台や洗濯機のフタの上、風呂場で詰め替えを行う人が少なくないという衝撃の事実=提供者の盲点」が判明した。反対に、利用者視点で言えば、「こぼれても大丈夫なように洗面台やお風呂場で作業を行うことが禁じられた行為であったということが衝撃の事実=利用者の盲点」なのである。台の上で行うよう注意書きはしてあるが、利用者にとっては洗濯機も風呂のイスも台だ。提供者は利用者が平らなテーブルのような場所で作業を行なっていると想定していたし、利用者の行動観察調査を行った時も実験室の机の上で作業をしてもらっていた。
企業が知るべきなのは「本当の利用者が実際にいる世界」なのだ。自分とは違う人間の知覚・生活環境を含めて”本当の利用者”を知ると、作り手からすれば驚くような事実がたくさん見つかる。製造元の手を離れてから不具合が報告されるまでがブラックボックスのままでは、いくら改善しても利用者が本当に求める製品は生まれない。また改悪を招くことすらあるだろう。これが企業の努力がカラ回りしてしまうひとつの大きな原因なのだ。
プロだからこそ生じる盲点を払拭するには
難しい課題の解決にはその道のプロの見解や技術力が必要だ。しかしこれらの事例のように、世の中にはプロであることが逆に盲点になってしまう問題も存在する。どんなに努力や技術力を注いでも課題が解決できない時は、このパターンに陥っているケースが少なくない。そんな時、プロである企業の担当者・開発者が「実際の利用者の視点」を得て課題を見つめ直すことで、解決の糸口となる提供者と利用者双方にとっての盲点を掴める可能性がある。実利用者研究機構が行なっているのは、その道筋をサポートする取り組みだ。 同機構では原則として当事者である企業の担当者・開発者を対象に、検証に必要な認知科学や人間工学の研修を行った上で、当事者らが観察に参加する形で、提供者と提供者の盲点を発見に特化して設計された利用者テストを行っている。中立的な視点でユーザビリティテストを行う手段としては、専門の調査会社や評価機関へ依頼するという方法もある。だが、その製品・サービスを知り尽くした専門家である担当者が自ら見ることでしか発見できない事実もある。また、自分自身で見て理解する経験は、後の改善作業において何を重視するべきか、その考え方の土台を堅牢なものにしてくれるだろう。
ここまで、製品・サービスの提供者が課題解決において陥りやすい盲点について事例を紹介してきたが、あなたの会社でも似たようなケースに心当たりがあるのではないだろうか。しかしこれは、実利用者研究機構が行うサポートにおける”入口側”の話に過ぎない。それを具体的な形にして行くには何が必要なのか。次は、「本当の利用者が実際にいる世界」を知った上で何をしたらいいのか、”出口側”についての取り組みを紹介しよう。
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